« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »

2006/02/26

甘い猫、その後

大好きな君とあの子をまとってるコンビニ脇のきれいな夜空


昨夜近所のセブンイレブンに寄ったら、あの猫がいた。
気品があって、わたしにまとわりついたあの野良猫。

以前「甘い猫」というところで書いたのですが、
記憶にありますでしょうか。

もう会えないかなと思ってたけどやっぱりいたんだ。
嬉しくなって近付こうとした。でも猫は気付いてくれない。
それに、近付いちゃいけない感じがあった。

その猫ととてもきれいな距離感を保っている先約がいたからだ。
青いジャンバーを着ている男の子。
その子はゆっくりとした動作で、猫にポテトかなんかをあげていた。

わたしはそのシーンを見て、一瞬の間に傷ついて、そして嬉しくなった。
その二つが一瞬にきたものだから、なんだこの気持ちは、と焦った。
ドキドキ、ドキドキした。

初めて見た日から餌を猫にあげたいと思っていた。
そのチャンスがきたのにできなかったことが残念だった。
だけど彼の振る舞いの親しげな様子を見てたら、
しみじみと感激してしまった。

そんなシーンはよくあることだろうし、
特別その男の子がきれいだった訳じゃないんだけど、
その雰囲気は素敵だった。

見ていたいなと思う気持ちと邪魔しちゃいけないという気持ちが混じって、
わたしはじたばたとチャリをひいて、ぎりぎりまで猫と彼を盗み見した。

そうしたら、猫にも彼にもその視線がばれてしまったので、
急いでチャリに乗って逃げてきた。

帰ってきてもしばしドキドキが止まらず、あぁ、やばい、恋に落ちる、と思った。

これは猫のことだからあれだけど、猫が「大好きな人」だとしたら…。

そういうことは多いにありえる。

にゃー。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006/02/20

阿佐スパ「桜飛沫」へ

言葉ではさよならでしかない君の気持ちに光が射してきれいだ

----------------------------------------------------------

昨日、阿佐ヶ谷スパイダースのお芝居「桜飛沫」を見てきた。

この芝居を作・演出した長塚圭史さんは、
2005年度の読売演劇大賞の優秀作品賞をとった
「LAST SHOW」を書いた方で、
たぶん若手で一番注目されてる演劇人と言っていい。

今回の作品は二部構成の時代劇。
ある寂れた村のお話から始まる。

そこには悪い権力者三兄弟がいて、
「三人以上子供をつくってはいけない。それ以上いたら殺生する」
というおふれを出していた。

その悪人たちには子供ができずそのハライセだったが、
村民は性欲を全く押さえられない人だらけ。
秘密は、蛇を食べているかららしい。

別の土地から医師がきて避妊の仕方を教えてあげても変わらず、
規定の人数を超えた子供は殺される運命を避けることができない。

目の前で息子を殺された村民たちは悲しみ、
自分たちをいじめる兄弟を殺す計画を立てる。

プロローグはそんなところで、そこに残忍な暴力や、小さな恋心、
安易に暮らしていた過去によって落ちていった人たちの曲がった感情が、
ブラックなユーモアにまじって嵐のように登場する。

舞台上には、桜の木が堂々と設置されていた。
幹のしなりや花びら、本物みたいに豪華だった。

花びらがぱらぱらと散る様子はまるで映画のよう。
みとれた。
長塚さん自身、
「舞台で映画的な世界を作ろうと思ってた時期があるんですよ」
とパンフでのSABU監督との対談で語っていたけれど、もうクリアしているなぁ。

普通の言葉がとっても印象的なタイミングに入ってくるんだもの、泣けた。
物語においては、セリフが美しい必要はなくて、シーンの美しさが大切だ。
北野武監督のを見ると、そのことを感じることが多い。

日常だってそうだ。
彼が何を言ったかよりも、その場面に光や自然がどう寄り添うか、みたいな。
そういうことばかり、記憶に残ってしまうことってありませんか。

さて、そのお芝居の内容を、わたしなりに噛み砕いてみると、
ここに出てくる人たちはみんな死にたがっていて、
自分で自分を悪い方に持っていってるという風に思えた。
それは信念のために、だ。
信念のために死にたい。
つまり、ただでは死にたくないってことだ。

そして、信念は単純に欲望でしかない。
信念なんて所詮は独り善がりだ。

だけど独り善がりがわたしをあらわしている。
独り善がりが、その人をキュートにしている。

長塚さんの作品は、否定から入って結局ぐるっと肯定して終わる。
独り善がりは汚いことだけれど、独り善がっていいじゃない。
そう思うお芝居だった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/02/17

そっくりさん

日食の月になりたい太陽と月が恋するみたいにしたい

--------------------------------------------

先週、東京写真美術館で開催中の「写真展 岡本太郎の視線」に行ってきた。

強烈な立体作品ばかりがクローズアップされているけれど、写真も素敵だ。
控え目な太郎さんの実像が伝わってくる。

太郎さんは写真を「撮ること」には全くこだわらず、見たものを「写すこと」に力を入れていた人のようだ。
右から左から上からなど通常のカメラマンがやるようにふさわしい角度を探ったりしないで、自分の背の高さのままさっと自然に撮影をしていたらしい。ほとんどトリミングもしない。

さてそんな「岡本太郎の視線」なんだけど、今回の展示で一番輝いて見えたのは「岡本敏子の視線」だ。
敏子さんの素敵な笑顔と振る舞い、ことば。

彼女は太郎さんのパートナーで秘書で、大ファンだった。
太郎さんの写真を「すごいでしょう」と少女のように高い声で美術評論家に紹介している様子のビデオが上映されていたのだけれど、それを見て、夢の中で、バキューンと銃で胸をうたれたみたいな痛みを感じた。

大好きな人の作品をあんなに素直にすごいと言えるすごさ。
すごい。

敏子さんはにこにこしていて肌つやがあって恋をしている人の顔をしていた。
その顔は…
太郎さんにそっくり。

二人みたいにカップルになれたらいいなぁ、と思った。

その影響でよしもとばななさんと敏子さんの対談「恋愛について、話しました。」を読んでいる。
ばななさんが書いていたけれど、「敏子さんは五分に一回は、必ず太郎さんのすばらしさを語る」らしい。
そうこなくっちゃ!

あなたはあなたの恋人を素直に絶賛できますか?

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006/02/11

もったいないお化け

せめてもの力は扉が開いてからチャリ置きまでは上を向くこと


悪口や愚痴を言うと自分の中に貯まっている幸運が逃げていく。

先週その話を先輩から聞いて以来、なるべくなるべく言わないように努めている。
母が言ったら「あー、今逃げちゃった。もったいない!」と戒めるようにしている。

きっとその効力はことばだけじゃなく行動にもあると思う。
気丈にしていよう、そうすれば願いが叶いやすくなるはずだもんね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006/02/07

甘い猫

コンビニの脇に残った野良猫のように甘えることができれば


今夜はお友達と待ち合わせをするためにコンビニにいた。
そのコンビニの脇に止めてある自転車の下に野良の三毛猫がいた。

かわいいなぁ。
ついついちょっかいを出したら猫の方から寄って来た。

そうしたら、すりすりーすりすりーっと、わたしのブーツの足元に身体を寄せてくる。ストッキングごしだけど、その猫の肌の感じが伝わるほどにすりすりしてくる。一歩二歩逃げてもひょいひょいと追ってきて、わたしの足元にくるりんとまるまる。ほんと、まるまってくる。しっぽもくるりんと。

こんな風に甘えられたら持って帰りたくなる。
うちは団地だから無理なんだけど。

また会えるといいって思うけど、たぶん、会えないんじゃないかと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2006年1月 | トップページ | 2006年3月 »