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2006/07/19

シベリア少女鉄道に乗る

神様は残酷だからできるだけ巨大なドミノ倒しがお好き


シベリア少女鉄道という劇団の16回公演「残酷な神が支配する」を見てきました。
ふつふつと興奮して、たくさん笑いました。

彼らのずばぬけているところは物語ではなくてお芝居そのものにトライしているところです。
お芝居でしかできないことをやるんです。

お芝居といえば阿佐ヶ谷スパイダースしか知らないので比較対象が足りなすぎるんですが、阿佐ヶ谷スパイダースは物語やセリフの魅力が前面に出てくるので、それが「お芝居である」「ライブである」ということは足し算の魅力になるわけです。

だけど、シベリア少女鉄道は「お芝居である」ということは大前提であって、それがなければ意味をなしません。
0になってしまいます。

笑い飯みたいに、まず形式に挑戦しているんです。
それから以降の、中身の強みももちろん持ち合わせています。
というかそれからの強みだけでもやっていけます。
なにしろ脚本が巧妙で、伏線ありまくりでどれがどう繋がったのか把握できなくなるほど。
ほどくのが嫌になるほど絡まります。

駅までの帰り道に誰かが言っていたのを盗み聞きしたんですが、脚本演出の土屋さんはエクセルで台本を書くらしいです!
順番を変えやすいからでしょう。
確かに理系のにおいのする劇団で、お客さんの年齢層も高め、アキバっぽい人(リュック率高い!)も多かったです。
一人客も多いし。わたしもそうだし。

彼らの芝居は前半後半がくっきり分かれています。
休憩があるのではなくて、ここから飛躍しますよぅという合図みたいなのがあります。
そこからは本当にびっくり。
加速してとまりません。
飛躍する、抜けるあの感じはなんとも表現できません、ちくしょー!

とにかく、破壊のための構築と破壊なのです。
それが爽快な自分は曲がっているのかもしれないなぁ。

あー、でも、なんて気持ちいいんだろう。

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2006/07/13

燃やせるゴミの日

さよならはゴミ箱の中金曜になっても同じ形のままだ


東京で一人暮らしを始めて二か月が経ちます。
祖母が徒歩一分のところに住んでいるので洗濯と食事は一緒なんですが、掃除やゴミ出しはわたしがやるしかありません。

わたしがやらなければ誰かがやるという、今までの常識がかわりました。
世界の常識とようやく一緒になったわけです。

たとえばどこかの街にゴミが落ちていて、わたしが見つけたのならわたしが拾う。
友達が困っていたら、わたしが会いに行く。
そして、わたしが傷ついたら、わたし自身が癒す。

すべてゴミ出しと一緒で、自立のことを言っているのです。

自立ということは、社会と身の回りと自分に対して、自分がちゃんと動くことを意味しているんですね。
つまり、なにかを放置しすぎることは自立できていない証拠。
気持ちを自分で整頓するというのも自立の一つ。

なかなか大変だなぁ。
生涯に渡る目標なんだろうな。
自立したい。できるだけのことをしよう。

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