« ごちそうさま | トップページ | シベリア少女鉄道に乗る »

2006/07/13

燃やせるゴミの日

さよならはゴミ箱の中金曜になっても同じ形のままだ


東京で一人暮らしを始めて二か月が経ちます。
祖母が徒歩一分のところに住んでいるので洗濯と食事は一緒なんですが、掃除やゴミ出しはわたしがやるしかありません。

わたしがやらなければ誰かがやるという、今までの常識がかわりました。
世界の常識とようやく一緒になったわけです。

たとえばどこかの街にゴミが落ちていて、わたしが見つけたのならわたしが拾う。
友達が困っていたら、わたしが会いに行く。
そして、わたしが傷ついたら、わたし自身が癒す。

すべてゴミ出しと一緒で、自立のことを言っているのです。

自立ということは、社会と身の回りと自分に対して、自分がちゃんと動くことを意味しているんですね。
つまり、なにかを放置しすぎることは自立できていない証拠。
気持ちを自分で整頓するというのも自立の一つ。

なかなか大変だなぁ。
生涯に渡る目標なんだろうな。
自立したい。できるだけのことをしよう。

|

« ごちそうさま | トップページ | シベリア少女鉄道に乗る »

コメント

自分ってやっぱりユメギワさんのうた好きなんだな~と改めて思いました。
時間の流れと、空気感があるんですよね。

私は自立って、責任をしょうことかなって思います。
どんな生き方をしてもある意味自由ですが、その全ての責任から決して逃げない・みたいな感じです。
身近な人間関係から、この社会、自分の時代に至るまで、関わるもの全てに対して”お客さん”ではなく、あくまでも”主体者”として考える・行動する・ということが大切なのかなと思ったりします。

ユメギワさんの”自立感”ってとても具体的で、手触り感があっていいな~と思いました。
ホントにおもわず応援したくなちゃいます(笑)

あと、おまけですが、ゴミとさよならで私もひとつ

 可燃なの?不燃なの?このさようなら
 袋に詰めて”燃やして!”と書く

投稿: kaname | 2006/07/15 23:34

またまた旅に出ていて、お返事が遅くなりました。ごめんなさい!

わたしの短歌を好いてくださって、ありがとうございます。きっとkanameさんとは好みが合うんです。

さてさて、自立のこと。

「身近な人間関係から、この社会、自分の時代に至るまで、関わるもの全てに対して”お客さん”ではなく、あくまでも”主体者”として考える・行動する・ということが大切なのかなと思ったりします。」というkanameさんの意見、分かりやすいですね!

お客さんでいるばっかりじゃ人生はつまらないし、もったいないですよね。

でも、主体者になって余計に波乱を巻き起こしたりすることもあるので、やはり「自立」には「勇気」が必要ですよね。

それからkanameさんの短歌いい視点ですよね!なんだか悔しいぐらい、いい視点!盗みたいっ!

この恋は燃やせるのか、燃えないのか(つまり、終われるのか終われないのか)それを自分で「書く」という感じが「自立」だと思います。かっこいいなぁ、この短歌!

投稿: ユメギワ | 2006/07/18 18:59

うれしー!ユメギワさんに「悔しいぐらい」っていってもらえるなんて、ほんとに嬉しいです!
今夜は祝杯あげます(笑)

ユメギワさんの短歌で、部屋の風景まで自分の中で見えてきたので、ゴミ箱を見ていたユメギワさんが、そのあとすっくと立ち上がって、そのさよならをビニール袋に”えいっやあっ”って詰めて油性のマジックで文字を書く・・ってイメージが浮かんだんですよ。
だから、このかっこよさはユメギワさん発なのです。

それにしても、考えて考えて短歌をつくって、それを解ってくれる人がこの世の中に存在するって事は本当に素敵なことですね♪なんだか不思議な感覚です。

投稿: kaname | 2006/07/19 16:50

そんな風に誕生した短歌だったんですね。
うれしい。
まさにそういうタフネスが好きです。

それから、短歌みたいな短い言葉が人に理解されるなんて不思議だし、読み手の優しさに頼るところもあって、本当に素敵だと思います。やめられません。ビールは辞められても、短歌は無理ですね。

それにしても、人の部屋を盗み見するとは、「オーラの泉」の江原先生みたい!

投稿: ユメギワ | 2006/07/19 19:26

股旅おつかれさま。愛だね。おかえり!
何が愛かというと(言っちゃうよ)、ユメギワ嬢の水銀は主体的に見えて、実はとっても他者性を含んでいて素敵だなァと思うからです。常々。破れも乱れも、リアリティを消すよりずっとまっすぐなこと。私はそんなふうなので、夜半だけど誉めそやすよ。

前の、すべてを感受性には還せないというトコもどきどきしたのだけど、主体・客体で喜怒哀楽するにせよ、苦手なトコって死角で。得意なところでうんと悲しむよりも、苦手なものの小さな喜びを認める方が何倍も大変だったりするんだよな、でもそれなんでそうするかっていうと、他者と、他者を大事にしたい自分の欲のためなんだよナ。って考える燃料になりました。感受性が持つ死角に目を向けられるように、人に挟み撃ちが生じないように、行動の大切さを知っているやさしいまなざしだなって思った。行動や意思が先じて形づくられる創造の具体的な流れ、彩りは、あなたの宝のひとつだね。私は仕事で、自動ドアの掃除をすることがあるけど、電源の切れたドアの前でずっと立ってる人と、私が開けたのをに目礼して、或いは自分で自分の身体の分を開けてくれて、入ろうとする人がいるよ。これはまさにお客様商売だから何も判断しないけれど、ユメ嬢とkanameさんは後者だなということはわかる。
なんだか衝動的なコメントになりましたのを失礼。電信は雨が止むまで暫し、パラソルを回しながらお待ちしてね。

投稿: oko | 2006/07/20 00:41

okoさん、ただいまです。
久しぶりの登場ありがとう。
あなたが来ると気がひきしまる。

詩的な文章だから言いたいことの半分も正確に読み取れている自信はありませんけども、きっと正直に褒めてくださってるんだね。

「主体的に見えて、実はとっても他者性を含んでいて」なんてとても嬉しい。それこそ目指すところ。でも、なかなか成功しない。気付いてくれたことが嬉しかったな。

やはり自分は他者の中に溶けていたい欲がありすぎるようで、自分の中にも誰かがいる風なことを表現することで、その欲を満たせないかと思うのです。これはまぎれもない自分の欲だ。おっしゃる通り。

それから「行動」について。まず、行動の伴わない人は好きじゃないです。でも、行動を起こすために準備して、納得してから行動をする慎重派さんのことは好きです。わたしはそこまで我慢ができないので尊敬します。

その、忍耐の人たちは臆病なのではなくて、環境のことを考えて公害を出さないようにしているのだから、その意味でかなり「自立」していると思います。

「放置して見える」のと「放置している」ことは全く異なるし、行動をしないという行動もあるものね。

人それぞれ、ということに尽きそう・・・あらら。

自動ドアの前での対応は、まさにそうだね。わたしとkanameさんはそのグループだろうと思います。そして、それが良いということは言えないですね。どっちも良い。

・・・って、あなたの意図があまり読み取れていない気がしますが、こんな感じで伝わった感触はありますでしょうか。

ひじょーに心配。

投稿: ユメギワ | 2006/07/20 20:21

私はokoさんに、「通ってもよいですか?」と聞いてみて、もし丁寧に開けてくれようものならそれこそ感謝しすぎてウザがられるかもですね(笑)

自分で開ける時には、絶対に指紋のひとつも残さずに細心の注意を払うタイプです。
(自動と書いてあるアクリル部分以外には触れないとか)

プロの対応には出来るだけ気持ちよくなっている自分をお見せしたいという変なサービス精神をフル稼働しそうな人間のようですね、私って。

でも、人に気持ちよくなってもらおうとする自分の事を自信を持って好きになれる程度には、良い意味で年をとってきたのかなと思う今日この頃です!

投稿: kaname | 2006/07/20 23:40

>ユメ嬢

黙ってみているだけだと、心の中のごひいき指数が他者性抜きにあがりっぱなしになってしまうから、交流したいやと思ったのでした。詩的と言ってもらっちゃったけど、考えてる時の象形文字がうまく文字に置き換えられてないだけなの。ことばの反射神経を伸ばしたい。正直な方をみてやってくれてありがとうね。
ユメ嬢の歌は他者性の高さというか、じぶんひとりを超えた広がりと、掬い取る情緒を見定めた上でのフィルターを創っていってるかんじがする。だから興味深々なんだよ。

「行動」について。これは今すぐ卒倒したいのをぐっとこらえて前のを読み返せば、ドア前の態度くらいで人を割り振るようなことは、完全に私のイライラの産物。何かとっても悪いことしたいかのよう。恥ずかしい。ごめんね。街は社会だから、人それぞれ以上の多数を、どこまでひとりの人として見ればいいのかよくわからなくなってしまうことがある。苦手なことへ努力してくれたあとを見落とさないようにしたい、と言ったそばからこれなので、紙芝居なみのコマ送りでしかものをうけとめてないことがよくわかります。
気持ちに余裕がなくなると、良いことの色んなありようを、自分の想像力の届きにくいところから忘れていく。私の傲慢って安易そのものです。うわ。例えばさ、そんなことは知らんね!というのも、それだからこそすごく助かる面が多いのにね。ユメ嬢の考えた的確なことを書いてくれたので、伝わるどころか、五時間目の授業で使う大事な習字道具を届けてもらった気分になったよ。あぶなかった。また校庭を走らなくてはならないところだった。よかったよかった。だからもうね、私「禁煙」「断酒」みたいなかんじで、でっかく「自立」って書いて部屋にはるしかないと思うよ(新しいコントの予感・・・)。


>kanameさん

勝手にお名前出してしまってすいません。しかも見事なトガリっぷりのところで!「おやおや、思春期かしら」くらいにスルーしてくださってよかったのに。エレガントすぎますよーって、案の定「どうぞどうぞ」「いやどうぞ」みたいな。はじめまして、ですね。
言いたいトコの良い面を育ててくださってありがとうございます。何かが動いてくれること、動かすこと、動いていくこと、は、働いてて伸ばしたい想像力なのですが、そう思えば伸びないもので。器の広さがいるのかなと思います。kanameさんの間口の広さを見習いたいので、どうぞ指紋なんか気にせずサイン代わりに手のひらでもぺたんとつけちゃってくださいな。「水銀カルテ」、赤い水銀中毒(物騒な!)の私はそのナイスタイトルから、実はもう拝見するの、楽しみにしていますよー。

投稿: oko | 2006/07/22 00:05

なんだか高尚なコメントで盛り上がっているのに
場違いなのを承知の上で、、。

ユメギワちゃんがご自身で自立を意識なさってるきもちに
エールを送ります 
初めての一人暮らしは新鮮さと大変さと
いろんな気持ちが同時に押し寄せたことを
思い出しました

わたしが傷ついたらわたし自身で癒す、というのも
ハードルの高い自立だよね

何がつらいってやっぱり病気をしたときと
気持ちを自分で整頓することでした 私も。

でも一人暮らしで、例えば他者との約束のない
休日なんかに、どうにでもできる制約のない24時間を
効率的に使えたりできたときは
それだけで幸せになれたりしてたなー

自立とは話がずれてしまったけど
一人暮らしならではの、楽しみを堪能してくださいね!

投稿: にょろこ | 2006/07/22 12:10

コメントありがとうございます。
きりんの首のようなコメントです、どうぞ。

☆kanameさん

自動ドア前の振る舞いでこんなに人柄が出るとは驚きですよね。なんだか心理テストみたいでいいですね。kanameさんって、本当に、とても明るい大人なんだなって思いました。

心理テストの結果「あなたはお休みの日に一緒に野球をしてくれそうです」。Kanameさんって、なんとなく、欽ちゃんみたいなイメージ。

☆okoさん
交流したことで感情がビリヤードみたいにぶつかって、色々な方向に行った感じがするよ。めでたいね。

おいらの短歌ってなんかすごいみたい??そんな風に分析されたのって初めて。こちらこそ興味津々。

その他者性を形作っている根っこはどこにあるんだろう。どう思いますか。ぜひ指導していただきたい。

自動ドア前のたとえって結構面白かったよ。人はどうやってくくったっていいはずだわ。それでその人の一面がわかって、発見できることもあるもんね。

それと「街は社会だから、人それぞれ以上の多数を、どこまでひとりの人として見ればいいのかよくわからなくなってしまうことがある。」というのは、とても貴重な考察。

あらゆる場面でひとりの人を見続けていたら、本当に会うべき人に気付けない気がするし、便宜的な感じで自分の納得が得られる判断をして良いのではないかと思うような、思わないような。ちょっとわかんなくなってきた。腹へった。

(チョコレートで血糖値を上げたところで)

想像力の届きにくいところはきっと誰かが補ってくれるものだし、みんなでシートひいて花火でも眺めたら、いい夜になるってもんよ。ひとりで決めることも、多数決で決めることもなくってよ。まとまんない。チョコレート効果なかった。

☆にょろこさん

エール、ありがとうございます。

昔、母親に「何か判断に困ったときは<自立している人だったらどうするか>を考えて動きなさい」って言われたことがあったんです。一人暮らしをするなんてそのときは思ってもみなかったけれど、今になってその母の言葉が印象的でなりませんよ。重いなぁ。

体の病気は難しいけれど、ちょっとした気持ちのぶれなら、できるだけ自分の自然治癒力を信じたいものですね。自然治癒力を高めるために、日ごろの行いが大事かも。

そうそう、今日はまさに「他者との約束のない休日」で、すぐ裏にある、地域の小さな図書館のカードをやっと作ったり、部屋の空気を入れ替えたり、玄関の掃除をしたり、放置していたことをかなりこなすことができて、最高に幸せな一日でした。

そういう充実感って誰とも共有ができないけれど、みんなそれぞれが持っているものなんですね。にょろこさんのコメントを見てそう思いました。

投稿: ユメギワ | 2006/07/22 19:11

ユメギワさん、欽ちゃんですか~!
買いかぶりすぎってもんすよ。
そりゃ野球やっても良いですけどね、私の場合もっとスパルタチックになりそうで怖いですね。
”もっと腰入れて!腕の振りが甘ーい!”とか。
実は、”ストック”と同じくらい”特訓”って言葉も大好きなのです。困ったことに。

okoさん、ありがとうございます!
正式にはじめまして、よろしくお願いします!
(って今ごろかよってつっこみよろしく!)
okoさんの文章には、根底にとても強い愛情と成長しようという前向きさが伝わってきて、好きです。(おもしろいし!)
okoさんから、とてもたくさんのひらめきを頂いてしまいました、実は。
”赤い水銀中毒”ってなんだかうっとりするくらい素敵な言葉ですね~(笑)カルテ頑張りますね!
でも本編にはいるの、もう少しだけお待ち下さい。

ユメギワさん、実は読めば読む程簡単には扱えないという思いが強くなってきて、始めの構想からどんどんと自分の中で形を変えつつあるです。
それに、たくさんの中毒患者の方々のお気持ちを考えると、ますます・・・頑張ります!
もしかしたら、最後には独占インタビューの必要も出てくるかもなので、覚悟の程宜しくです!(笑)

それにしても、okoさんの自動ドアねた、おもしろいですよね。
”ソラニン”じゃないけれど、これだけでかなり肴になっちゃいますよ!

>「街は社会だから、人それぞれ以上の多数を、どこまでひとりの人として見ればいいのかよくわからなくなってしまうことがある。」の部分で、
私はあまりにも街ゆく人々を”他人のかたまり”としてみてしまうという放漫さが自分の中にあるので、たまにすれ違っただけのおばあちゃんのこれまでの人生を勝手に振り返ってみたり、今の暮らしを想像したりしてみます。
そうしないと、社会というものが一人一人の人間で出来てるんだって忘れてしまう事しきりなもので。

おもわず長くなってしまってすみません。
まあキリンの胴体部分という事にしておいて下さい!

投稿: kaname | 2006/07/24 13:25

首と同じぐらい胴体の長いきりんさんになってしまいましたが、お気をやまずに。

欽ちゃんって、今回の件もそうですが、教育に力を入れている人なんですよね。以前に新聞だかどっかで欽ちゃんの教育論を読んで感動した覚えがあります。スパルタだとしても愛が基盤にありそうなkanameさんは絶対に教育者タイプだと信じています。

それから、okoさんの文章は面白いですよね、みなさま。センスがいいから、わたしみたいに結論にさっさと走るのと違って、ひらめきを与えやすい文章になるんです。「自動ドア」のたとえも、普通なら浮かばないんじゃないかしら。コメントですら作品となりうる。メールも風が吹くようなメールなんです。あまり褒めると書き込みをやめられちゃいそうなのでこの辺でとめておきますが。

それから、わが短歌集(kanameさんのはホチキス止めで、しかも表紙が汚い手書きでごめんなさい…)のコーナーは、わたしのせいでkanameさんがすべったらどうしようと心配でなりません。あの短歌集の中には、わたしの人生を支える短歌もありますが、昔の日記を読まれるぐらいスペシャルに恥ずかしい短歌だって結構あって、その辺が扱われたらどうしようか気が気じゃありません。でも、意見したらkanameさんの率直な感想を聞けないので、独占インタビューの日まで口チャックします。

>「街は社会だから、人それぞれ以上の多数を、どこまでひとりの人として見ればいいのかよくわからなくなってしまうことがある。」の論議については、たまに気付いたときにkanameさんのような試みをするのが健康的なやり方かもしれないですね。

投稿: ユメギワ | 2006/07/24 18:56

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/75155/10917705

この記事へのトラックバック一覧です: 燃やせるゴミの日:

« ごちそうさま | トップページ | シベリア少女鉄道に乗る »