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2006/08/25

浅野いにおさんの漫画「ひかりのまち」

悲しみが乾いてすぐに消えてゆきまた湧いてきてすぐ乾いてく


浅野いにおさんの漫画「ひかりのまち」
(1巻で完結)を読みました。

舞台は「ひかりのまち」と呼ばれる新興住宅地。

主人公の小学生男子は、
ひかりのまちの団地に住む自殺志願者が
スムーズに自殺できるように段取りを組む
「見届け屋」で小遣い稼ぎをしている。

彼が好きな女の子はこの団地で乱暴された経験があり、
事件のあった現場の近くのバス停のベンチで、
犯人をいつも探している。
いまだ見つからない。

もうこの二人だけでも重たいんだけれど、
実際はもっと重たいんです。
これから読む人もいるかもしれないから、
ネタばれしない程度に感想を書きます。

非常に狭い集合団地の世界で、
ひょんな人間関係の繋がりを見せながら、
うねりをあげてゆくオムニバス漫画です。

とにかく「気まずさ」がよく書かれています。
読み終えてどっと疲れました。
気まずいのって疲れるものですね。

それだけじゃなくて、この疲れは、
登場人物たちの乾きのせいでもあると思います。

漫画に登場する彼らを見ていたら、
よだれたらしたっていいから甘えたらいいのに
と思ってしまいました。

建設的な甘えっていうのはあるはずです。
弱みを見せるのが、強くなるためのステップ、
だったりすることはきっとあります。

誰かの力を借りることで、
自分の治癒力が出てくることって確かにあるでしょう。

なのに「ひかりのまち」の人たちは、
自分しか信じていないというか、
何も確かめないで決めている。
自分を信じすぎているのだ。
やさしいけど、それじゃ、かなしいじゃんか。

そんなんで、「誰がハッピーになるわけ?」※
と思ってしまいましたよ。

※TBS系日曜劇場の「誰よりもママを愛す」で
 田村正和演じるパパの名言。

そんなんじゃ、悲しみの正体を捕まえられないじゃないか。

とがった気持ちで思ったんじゃなくって、
とても寄り添う気持ちでそんな風に思いました。

「がんばれ」という感じで。

ちなみに「ひかりのまち」という同じタイトルの
イギリス映画があるらしい。
同じ街に住む人たちのオムニバス映画。
これも、どこか空しさや気まずさのあるお話らしい。

影響されているのか、関係があるのか、
偶然なのかは知らないけども、
機会があったらこちらの映画も見てみるといいかも。

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2006/08/20

多摩川の輪郭

なぞれない波の輪郭 触ったら君は笑ってくれるだろうか


多摩川にバーベキューに行ってきました。
グラム1万円だと言う噂のお肉。
ビールサーバーで注ぐ生ビール。
千疋屋のフルーツ。
贅沢な食材に満腹。
おとなっていいね。

そのあとは多摩川にダイブ!
したいのを我慢して、
ジーンズをまくって靴下を脱いで、
右足を川につけた瞬間、
「ひやっ」
として、気持ち良かった。

お誘いの声につられて、
中央の島(石の)まで砂利の上を
「痛い痛い」言いながら歩いた。
もうすぐ着くというところで
ちょっと小走りしてしまい、
こけそうになったけどセーフでした。

そうして、大きい石に腰掛けて、
足をぴちゃぴちゃさせた。
足の近くで親指ぐらいの小さな魚が泳いでいたよ。

川をぼんやり眺めて、
特に波のゆるやかなカーブを見ていたら、
うっとりしました。
流れが速くなるところとか、
水の色が変わるところとか、
一日だって眺められそう。

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2006/08/16

ゲド戦記

間違いを間違えたまま飛び立った空は合図をしてはくれない

Y字路で影を追っかけ似合う場所似合う寂しさ見つけてゆくの

かくれんぼ逃げ惑ってる君こそが鬼だと知ったら寂しいですか

朝がきて夜を向かえるようにただ僕はあなたに会いにゆくんだ

泣き声と共に開いたパンドラの箱運命は割れたりしない

マッチ棒集めてみても運命を長押ししても終わらせられない

自分だけ自分に聞かせるためだけに涙を許す歌を歌おう

肉体は誰かのために使うもの命はお数珠の中にしまうの

抱き締めてくれたらいいな平気だと言って欲しいな僕らの声で

紫の実が涙目で誘うから舐めて忘れたいことを知る


ジブリ最新作「ゲド戦記」を見てつくった連作短歌でございます。

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2006/08/08

ワンダーフォーゲル(泣く声、その後)

手を繋ぎ円になろうよすれちがう前にたった一度でも回ろうよ


いつの間に、隣人が引っ越しをしていた。
結局一度も顔を合わさなかった。
近所の人への挨拶は、
様々な人の忠告もあってしないでいたのだった。

泣いていた彼女の声を思い出す。
そのことは以前「泣く声」で書いた。

このお引越しにもなんらかの関係がある
悲しみの涙だったのかもしれない。
わたしが勝手に失恋と思っていたけれど、
ほんとうはご家族のご不幸だったのかもしれない。

分からずじまい。
なんでも、こちらで決めたらいけないのだった。
あぁ。

一回ぐらい「こんにちは」って声をかけてあげたら良かった。
なにか、かわいいものや楽しいものや美味しいものを
ご挨拶の品として持っていけば良かった。
ピンポンで繋がる距離だったのに。

そのあと別の日に、
二階でいつもPUFFYや木村カエラちゃんを歌う男の子が、
うちのマンションから出るのとすれちがった。
自転車に乗っていた彼は、てくてく歩いているわたしが、
一階に住む人だとは気付いてなかったみたいだ。
(というか、そもそも気にしていないか?)

彼の髪はふかわりょうや雨上がりの蛍原さんみたいな
キューティクルのある黒髪で、夜に輝いていた。
一瞬すれ違っただけだったので、
髪しか見ていなかっただけなんだけど、
黒髪ってあんなに夜に映えるのね。

今度は挨拶できますように。

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2006/08/04

池袋の朝

想い出の青いラインがこだまする眼鏡をかけ始めた僕に


仕事で必要な書籍を買いに朝一番で池袋のジュンク堂へ行った。朝の池袋は夕方以降に比べると人が1/3しかいなくて不潔感がぐんと下がる。

早々と探していたものを見つけてジュンク堂から外に出たら、ちょうど真ん前の200mぐらい遠くに、西武線の銀色に青いラインの入った車両が見えた。駅に入るところだったようだ。

今まで気付いていなかったけど、ジュンク堂から西武線が見えるんだね。

学生時代の二年間、あの電車を使っていたんだよなぁ、と思い出した。

なんだか、そのふとした景色が、本当にささやかだけど、わたしへのギフトに思えた。

一瞬で、それで元気になってしまう、というような効力は持たない景色ではあるけど、自分はちょっと気持ちが疲れてるかもしれないなぁと気付かされた。

想い出は自分をよくよく生かしてくれているなぁ。

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