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2008/01/15

言葉とは。

吐く息の長さで気付く息を止め続けたままで好きでいたこと


一度寄稿させていただいた冊子「江古田短歌」を発行した、
「江古田短歌会」の新年の歌会に投稿した短歌です。

この会は日本大学芸術学部の学生が中心に活動しています。
結社「牡丹と薔薇」の相方、塩戸蝶子ちゃんが参加しており、
彼女のお誘いで短歌を出してみました。
私と蝶子ちゃんは、同大学の卒業生なのです。

仕事で歌会には参加できませんでしたが、
その場に大手出版社が出すとある短歌雑誌の、
編集長がいたそうです。

その方曰く
「この短歌は気持ちに技術が追いついていない」

あー。

会に参加していた、蝶子ちゃんには、
「やっぱり見る人は見るね」と言われました。

前々から感じていたけど、
私の短歌は描かれている気持ち(意味)が良くない限り、
良くないのです。
リズムや音の快感が弱い。

意味が何より大事なんだって、思い続けてきました。
リズムや音にまるめこまれて、
心情(=意味)を奪われてなるものか!
とも思ってきました。

でも、それって盲目で、開きなおりでした。
つまり逃げ! なんて乱暴な!
努力不足を正当化していたのです、
いかにも正論をかざしながら!
私は勉強をあまりにもしないもんでね。
勉強しなくちゃだめだと思った。

なにしろ、意味に甘えてはいけない。

そこで、皆さんが「言葉」について思うこと、
なんでもいいので聞かせてくださいませんか。
短歌のことだけじゃなくて、日常思うことで。
主に「意味」について、「リズム」について。
どんな些細なことでもいいです、
学ばせてほしいです。

ちなみにこの短歌はものすごく気に入っています。
だから、本質の意味を損なわないで、
もっと心情の伝わるいい音とリズムがあるなら、
それをどうか発見させてみせたまえ!!
・・・と自分自身の可能性に祈りたいです。
それにはまず、あきらめないで戦うことだわ。

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コメント

テクノポップを聴き始め、
「音の快感」に目覚めて思ったのだけど、
その「快感」自体にも「意味」はあるんだよね。
短歌は短いから、同じように考えるのは、
とても難しいと思うけれど。

広告のゼミにいた時の勉強って、
まず言葉のリズムありきなの。
リズム感と、言語センスを探る。
でも、広告だから、意味が一番大事。
これってすごい大変だったなあ。
訓練しかないんだよね、こういうのって。
でも訓練を重ねることで、ふっと抜け出る瞬間がある。

自分が込めた意味が、相手に一番伝わる方法は、
ばーーーーーっと本心を語ってしまうことだけど、
私達は短歌や小説や歌で伝える方法を選んだのは、
そこに快感や、様々な感じ方を許したいから、
それを不特定多数の誰かに知って欲しいと思うからだよね。

なんかうまく書けないけど、
私は短歌じゃないけど、必死に広告作ってたときも、
藻掻きながら小説書いている今も、
ユメギワちゃんと同じことを感じているよ。

長くてゴメン。

投稿: はなえ | 2008/01/16 13:09

 短歌は31文字という文字数も、特色であり壁でもあるわけだから
口にだして読んでみた感がとっても大事なんだろうね
 短歌ヴァーサスも終わってしまって
最近すっかり短歌界に足を踏み入れてませんが
だからこそ過去に思わず口ずさみたくなった
リズムの歌を思い出しました
 私のブログでも書いたけれど荻原さんの
『他人には発見されぬひとがたのしろきかたちで三月を行く』
などという歌は視覚で認識した瞬間に
思わず口ずさみたくなった歌だったな
本質の意味を損なわないで、心情の伝わる音やリズムというのは
私がグラフィックデザインと呼ばれないボーダーを守って
しかしその瞬間の静止画のもつイメージを膨らませる
という試みと似ているかも。
 ユメギワちゃんの歌の”本質”というのは、短歌を詠むこと、
もしくは読むことさえ馴染みのない私たちへもとてもわかりやすくて
それはそれでいいと思うので”本質”はぜひそのまま突っ走ってね。 
ああ話している感じでつらつら書いたら長くなってしまったわ。 
心地のいい音、リズム、ちょっと本題からずれちゃったね。
今思いつかないけど
思いついたら再コメントします。
追伸; おやすみプンプン2巻おもしろかったよ

投稿: min | 2008/01/16 17:20

おー、はなえちゃん。
貴重で素敵なコメントどうもありがとう。

<「快感」自体にも「意味」はある>
というのは、
「どんな快感なのか」ってことが、
言葉に意味を与えるってことかな。
そんな風に解釈をしました。

ゆったりとしていて心地良いのか。
スピード感があってスリリングなのか。
前のめりで息苦しいのか。どんな快感か。
短歌でそういうことをやるとしたら、
ブレスの位置が要かなぁと思いました。
一字あきも効果がある かも。
その点を意識した短歌づくりって、
ほとんど「勘」でやってきました。
(ご、ごめんなさい!)
これからは意識してやっていく。今更。
そうすることで破綻しないように。
そんな風に思えました、ありがとう。

ゼミが素晴らしいのは訓練の場であること。
今はそういう場所を見つけるのは難しいね。
厳しいことを言ってくれる人も減る。
だから作品を出しっぱなしにしないで、
色々な人に「どうだった?」って聞くことが
大事だね。勇気がいることだけども。
そんなとき「つまらなかった」という意見こそ、
引き受けていきたいなって思いました。
(それこそが「牡丹と薔薇」をやっている
 意義だとも思うよ、蝶子ちゃん)

またはなえちゃん、良かったら語ってください。
いつでも聞きたいです。ほんとうにありがとう。
勉強になったし、励みになったよ。

投稿: ユメギワ | 2008/01/16 20:38

短歌の良いところは「持ち運びが楽」
ということだと思うのです。
たった31文字だから記憶に残る。
誰かの心に残って、どこかの人生に持っていってくれる。
すばらしいことだって思います。

紹介してくださった短歌は「違和感」が、
口ずさみたいと思うゆえんですね。
意味もすっとは入ってこないで、
何度も振り返らないと理解できない、
そんな面白みがありますね。
この短歌は「句またぎ」しなかったら、
面白みがなくなってしまうのかなぁ。
「たのしろき」という言葉の面白みと、
競い合っている感じがして、
試みが成功しているのかなって感じさせます。

minさんがおっしゃる「ボーダー」、
私にとってはどこにあるのか見極めができません。
もっと探ってみなければ、もっともっと。
それはminさんのカメラに対する姿勢に
学ぶところが大いにあると思います。

分かりやすさを残しつつ、びっくりするような、
今まで私の短歌をいいと言ってくれた人が、
ドキッとしながらも愛してくれるような短歌を
つくれるように勉強します。
これからも応援してくださいね。

プンプン、まだ読んでませーん。
友達がすごいって言ってました。

コメント待っています。いつでもいいので、
なんでもいいので、聞かせてください。

投稿: ユメギワ | 2008/01/16 20:51

吐く息の長さで気付く息を止め続けたままで好きでいたこと

身体にかかる力まで伝わるような、素敵な句だもの。「この短歌は」と前置きされてるように、編集長さんはただ「息」と「で」の重複が気になっただけじゃないかなと推測しますよ。だからといって倒置を変えると今度は体言止めにダブりが出たりしてむずかしい。あざやかに出ている気持ちと平行させる腕の奮い所だね(そして臆面なくボケにつっこむと、「ひとがた」の白き、だよユメちゃん、うしろうしろ!)


The year's at the spring,
And day's at the morn;
Morning's at seven;
The hill-side's dew-pearl'd;
The lark's on the wing;
The snail's on the thorn;
God's in His heaven--
All's right with the world!

 
 時は春、日は朝、
 朝は七時、片岡に露みちて、
 揚雲雀なのりいで、蝸牛枝に這ひ、
 神、そらに知ろしめす。
 なべて世は事も無し。(上田敏訳)


これはブラウニングさんという19世紀詩人作『ピパが通る』の一節。年に一度のお休みで外に飛び出した娘さんが歌って歩いている、その歌詞。リズムを出すために言葉を重ねているけれど、ユメちゃんや蝶子ちゃんならどう訳しますか? 超訳が読みたいな。

私はこの節が好きで、上田さんの訳は完璧だけど、もう少しうきうき歌っている娘さんにあった言葉もないものかなと考えてたところ。で、最近別の訳を読んでみたらまた硬く、おしまいなんて「天下泰平!天下泰平!」となっていてしょんぼり。ナイスタイミングだから聞いてしまおう・・・いやいや、「こうなったら、あのヤマトナデシコに賭けるしかない」って、ブラウニングさんならきっとそう言うから。

 春の朝の七時 丘には玉しずく
 ヒバリは風のなか 蝸牛が茨を進む
 神さまはご存知――すべて、好くできてるって!
 
私の訳はこんなふう。なんでもよすぎる?


投稿: oko | 2008/01/17 16:32

うそ、ひとがたの白き!!
やだー。穴が、ないか? 入りたい。
そんなこと一切思わなかった。曲がってる。
すいません、ごめんなさい。あらゆる人に。
書き込みを削除しようと思ったけど、
恥を背負って生きていきます。

ご迷惑をおかけしました。minさんにも。

それから、
「息」も「で」も重複させるという、
個人的に好きでやっていることを、
ただ好きだからやっているという、
そのスタンスの無邪気さが、
プロの目には甘く見えたのだと思います。

投げやりになりそう、辛抱しなくちゃ。

素敵な詩、紹介ありがとう。

okoちゃんの訳、いいね。浮かれてて。
スキップしているみたいだよう。
蝶子ちゃんも挑戦されるのでしょうか。
私のは、しばし、待っててください。
やってみるね。

投稿: ユメギワ | 2008/01/17 19:14

この歌すごく好きです。
技術とかわからないですけど、短歌は難しいですね。たまに短歌をブログに載せるとき、真剣に取り組んではいないのですが、必死に考えて作ります。僕にとって短歌は音の響きと語彙力を結集して感情を表すものだと思ってます。
でも、ユメギワさんの短歌を拝見すると、技術のことなんか全然わからないのに、技術力の違いが歴然としてるのがわかります。
言葉というのは、シンプルにすればするほどに本質だけが残って意味でしかなくなる傾向にあるような気がします。でも、本当はシンプルに表現できる人こそ素晴らしい表現者なのかもしれないですね。

短歌のことは忘れて「文章」ということについて、僕の好きな作家が書いてたものなんですが、ちょっと長いですが引用します。

“プロになると、あるいは文章をずっと書いていると、だんだん素直になれなくなってくる。雪が降ったことを「雪が降った」とは書けなくなるんだ。「雪が降った。雪が、綿のように白く」なあんて、ヘンに凝った文章にしてしまう。だってオレ、作家だもん、雪が降ったなんて当たり前の文章じゃ恥ずかしいもん」ってね。それは朝日新聞の書評欄に面白い本が載らないのと似ている。作家や評論家が本を選ぶ時、やっぱり普通の人と同じ嗜好だと思われたくなくて、わざと捻ったものを選んできちゃうんだ。「ホントは『窓ぎわのトットちゃん』が面白いと思ったけど、まともすぎるから止めとこ」って。”中略“文豪・チェーホフも言っている「雨が降ったら雨が降ったと書きなさい」”

この作家が書いてることが正しいかどうか、あくまでこの作家の主張なので、参考になるかどうかわかりませんが、僕はこのことを心に留めて文章を書くようにしています。でもすごく難しいですw
短歌にはたぶん当てはまらないことですが、文章、言葉を表現することの極意のような気がしますので、引用させてもらいました。

というわけで、
かえって悩ませてしまったらごめんなさいと先に謝っておこう。

投稿: またべえ | 2008/01/19 00:06

またべえさん、こんにちは。
書き込みありがとうございます。

この歌、好きになってくださって嬉しいです。
技術力の違いが・・・だなんて、
文章を書いている友人や通りすがりの方に、
「はあ?」と思われそうですよ、YO。
でも、ありがとうございます。にやにや!

語彙は選択肢が多ければ多いほど、
勝ち残る言葉が秀逸ということになりますが、
それは個人的な問題であって、
見る人は現れたものを見るしかない。
だから、個人的な問題に戻ると、
どんな背景があるのかを読み取ってくれる人は、
少ないと思うのです。

私はそこに甘えがあったわけです。
今回の編集長さんは見抜いて、
「この子はさほど悩んでいない」
と分かったのですから。

話は戻って、大切なのは数ある言葉の中から
「何を選ぶか」にありますね。「どう選ぶか?」かな。
またべえさんが引用してくださった作家さんも、
作家という立場で、チョイスに悩んでいるんですよね。
(これってどなたの引用なんでしょう?)

ただ、きっと「雨が降った」では済まされないときばかりで、
立場上とか、かっこつけとか、伝わりやすさを省いても、
自分にとってそうとしか思えないときは、
賭けですが「雨が降った、雪みたいに」
と書くしかないと思います。

「そうとしか思えないときはそう書くしかない。」
チェーホフはそういう意味で言っているんですよね。
すばらしいコメントありがとうございます。
またきてくださいね。

投稿: ユメギワ | 2008/01/21 18:40

ゆめちゃん、良い解釈だと思います!
あとは、流れの中で叙事をそのまんま書いても感動を伝えられるような、文章の迫力を魅せるが持てたらいいなという希望でもあるような気がします。
ちなみにこれを引用させていただいた作家は原田宗則さんという、小説よりも抱腹絶倒系エッセイをたくさん執筆されている方です。でも小説も結構癖があるけど素晴らしいです。

投稿: またべえ | 2008/01/21 22:10

あはは わたしはユメギワちゃんがあえて、句またぎして
読んだのかとおもって、さすがだななんて思っていたよ。
そうそう、書き忘れたんだけど、短歌はリズム=音として
感じる前にまず視覚で文字面をみるよね、 口に出して読んでみたいなって
思うのは、文字面のイメージもわたしにとってはとっても重要
、実際にリズムを音にしてみて
とても心地のよいものかもしれないけど
文字面にインパクトがないためにスルーしちゃってる短歌ってありそうだな。
 文字面によって、口ずさみたい歌として思い出したけど
一代 歩さんの
『くちびるとかスリーセブンとか まばたきとかピアスとか』
あたりが好きです

あと、メールのお返事、しばしお待ちを

投稿: min | 2008/01/22 10:33

またべえさん、ありがとうございます。
原田宗典さんは高校生のとき読んでいました。
最初に読んだのは小説「優しくって少しばか」。
兄にもらったのがきっかけです。
なんてタイトルだと思いました!
好きだったのは「0をつなぐ」です。
短編に素敵なのが多いですよねー。
ちょっとふしぎなところが好きです。
それに、エッセイであんなに爆笑をとる方は、
なかなかいませんよね。
私も電車の中で読んで、
つい吹き出してしまった被害者の一人。

文章を書くことは責任がともないますが、
お互いに楽しんでブログをやれたらいいですね。

投稿: ユメギワ | 2008/01/22 10:43

minさんといい、またべえさんといい、
私のことをかいかぶりすぎですねぇ。
もっと馬鹿なので批判してくださいよー。
いじめられる方が好きなんですよ、実は。

短歌は確かに一行で「さっ」と目で読めます。
だからひらがなが多いときと漢字が多いときと、
感じ方が異なって、読みたくなるかならないかが
すぐに出てしまうかもしれません。
小説だったら、今のページはつまらないけど、
10ページ後にすごい展開がくるかもしれない、
という期待感で読めるものだけども。

前述の短歌も「ひとがたのしろきかたちで」のところが
文字の迫力があるというか、どこか違和感があって、
声に出して読みたくなるのかもしれません。
(※誤読を正当化するわけではありません…とほほ)

一代さんのは「くちびる」と「まばたき」、
「スリーセブン」と「ピアス」
それぞれのペアがとっても生きていますよね。
相手との圧倒的な距離の近さを感じさせます。

それから、okoさん。
宿題、今やっていますよ。

投稿: ユメギワ | 2008/01/22 11:04

遅レスすいません。
これからもずっと仲が悪いままでいようね。
大久保さんと光浦さんのような関係で。

私は今全く書けません。
技巧は技巧で覚えるとあざとくなるからね、
でもいつまでも、順接なままでいられないからね、
大人と子供みたい。

追:詩、訳したのはこっちに載せます。今からやる。

投稿: ayako | 2008/02/07 18:13

どうも。ヒーローは遅れてやってくるの?
大久保さんと光浦さんってわかるけど、
自分がどっちか考えちゃうから微妙だね。

やっぱり作品は心だと思います。
心の光の一つが「技巧」に含まれる、と思います。
それを去年のM-1のキングコングを見て思いました。
書けなくても蓄積をしていたらよいと思いますよ。

投稿: ユメギワ | 2008/02/08 10:56

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