« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008/02/27

【特集】短歌を詠もう(悲しみ)

悲しみは目には見えないでも今は自分を鏡で見たくないとき


私にとって悲しいことは、自分を嫌いになることです。
たまに大嫌いになりますが、何とか好きになるようにもがきます。
その繰り返しです。

大切なものを奪われたとき、
不注意でミスをしたとき、
はっきりと気持ちを伝えられないとき、
気を落としている人をうまく励ませないとき、
頑張り切れず目標を達成できなかったとき。

自分を鏡で見るのが嫌になるときが、
そんなときです。

悲しみという抽象を具体にしてみる。
そしてあのような短歌になりました。

では、皆さんにとっては「悲しみ」ってどんなこと?
ぜひそれを57577に託してみてみませんか。
自分の思いをリズムに乗せたら、
新しい自分の気持ちを発見すると思います。


( )の中を埋めてあなたの思いを聞かせてください。
77の部分です。

悲しみは目には見えないでも今は(              )


さあ、どうぞ!


※ちなみに「悲しみ」以外のシリーズもありますので(笑)
 好評だったらまた記事にあげます。
 ブラウニングさんの意訳みたいに盛り上がったら、ね。

| | コメント (46) | トラックバック (0)

2008/02/19

島田雅彦「佳人の奇遇」に出くわして

悪夢だと思っていたが快楽の渦だと見ればそうでもないな


島田雅彦さんの『佳人の奇遇』を読んだ。
装丁が目立っていたので手に取った。
読み終わってから、よくできた装丁だなぁと分かった。
物語と文体にぴったりだもの。

コンサートホールで行われるオペラ「ドン・ジョヴァンニ」を中心軸に、
さまざまな人生模様が描かれてひとつのフィナーレを迎える小説だ。

あがり症のオペラ歌手と元キャバ嬢のマネージャー。
浮気性のマエストロと過去の女性たち。
もてない大学教授と彼にひとめぼれした普通のOL。
明日から浮浪者になると決意した無一文の元サラリーマンと、
偶然再会した株で大儲けしているエリートサラリーマン、
その二人を占う、人気占い師の旧友。
息子の嫁に恋をしてしまった老人とその息子の嫁張本人。
他にも色々なエピソードを持った人物が出てくる。

娯楽小説の様相を呈していて、映画化にもしやすそう。
三谷幸喜監督『THE有頂天ホテル』のように、
コミカルに演出したら面白そうだなぁ。
私は島田雅彦さんの貴族のような文章がつくりだす、
派手且つ品のある世界観が大好きなので、
興奮しながら読んでいった。
だけど、やっぱり終わりは「え?」って感じで、
夢オチかってぐらい陳腐に終わる。
以前『カオスの娘』の記事でもそう書いたのだけど、
終わりに近づくほどライトになって、
余韻に浸ることを許してもらえない。

散々ロマンチックにさせておいてさぁ!!
もてあそばれた女の子みたいな心境だ。
島田雅彦さんこそ、
まるで「ドン・ジョヴァンニ」みたい。

※ドン・ジョヴァンニとは(wikipediaより)
「女たらしの貴族。従者のレポレッロの記録によると
 彼はスペインで、すでに1003人の女性と関係をもったという」

冒頭の短歌は、
「オペラにありそうなセリフじゃない??」
などと思って楽しんでつくりました。

気持ちがいいことばっかり求めると怖い目に遭う。
身もだえするような後悔をする羽目になる。
だけど、たまについ悪夢が見たくなったりする。
おぼれたくなる。その先が真っ暗だと分かるけれど、
敢えて忘れてみたくなる。敢えてやる、自暴自棄。
それが命とりになることがあるけど、
そうしないことが今の自分の命に反するってこともある。

表現が抽象的だけど、そういうことってありますね。
怖いなぁ、怖いぜ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/02/04

死んでも生きる

生命は今も死んだり生まれたりするよ傷つくあなたを置いて


人の細胞は一人につき60兆個はあるという。
それらが死んだり生まれ変わったりしているそうだ。
生死が絶妙なバランスを保って私がいられている。
今まさに死んでるし、生まれているんだって。
その音、聞こえてる??

バランスが崩れたら肉体はその支配からの卒業。
病気や事故はバランスが崩れるきっかけということ。
細胞は確かに死んでいくようにできているのだから、
いつかは総合的な死を引き起こすのは自然なことだ。

人が死ぬのも生まれるのも、
大きな視点で「宇宙」を主体に考えれば、
壮大なバランスを保っていると言えるんだろう。
もとに戻って、またはじまるわけだし、
別に死ぬのは悲しくないはずだけども、
やっぱりお通夜や告別式はどうしても寂しい。

私の大切な人たちは皆どうか長生きしてほしいな。
お願いだからバランスを欠くようなことはせず、
死ぬ瞬間に執着してほしい。結果はどうであろうとも。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »