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2008/07/06

東山魁夷記念館での対話

水面に浮かんだ心は金色のあなたか それとも違うあなたか


東山魁夷記念館へ行ってきました。

市川市にある上総中山駅から歩いて15分ぐらい。
途中、法華寺に通ずる駅からの一本道には、
七夕を見据えて、風鈴が全ての店先に飾られ、
風の吹いたその日は、私の訪問を喜ぶかのように、
ちりんちりんという音が鳴り止まなかった。
夢の中の景色みたい。変な感じ。

お寺やお墓を過ぎた静かな住宅街の中に
東山魁夷記念館はある。
東山魁夷の住居がその地域にあったことから、
建設が決まったそうだ。

市川は風の多い町だ。
記念館の入り口には近代的な風車がまわっていた。

東山魁夷の作品を見るとき、
静かなブルーやグレー、白、グリーンといった、
落ち着いた色彩で描かれる風景を見るとき、
自分の身体から濁ったもの、
例えば疲れだとか、小さな悩みが抜ける感覚がある。
じっと作品の前に立って、じわじわと、
亀がちょっとづつ進んでいくようなテンポで、
自分の中から排出される何かを感じる。

「風景は心の鏡」というのが魁夷の口癖だ。
東山魁夷が描いているのは景色でありながらも、
「心」なのです。

作品の中にある「心」が、
誰のものでもないはずなのに、
気づいたら自分の心にすり替わって、
普段は見えない何かを引き出していく。
そういうありがたい作品に多数出会えた。

例えば、湖や川に反射する山並みを描く。
水面と山並みがもちろん、対照となっている。

でも、じっと見ていると、
「本当に対照になっているのかな?」
という疑いが生じてくる。

真剣に見る。見尽くす。

そしたら、「なんか、どっか、違うところはないか?」
と思えてくる。

答えは、よくわからない。
同じといえば同じだし、違うといえば違うからだ。

そういう風に絵を前に、心を動かしていくと、
東山魁夷が描きたかったところはもしかして、
「自分の心と行動が対照しているのか?」
という点じゃないかと思えてきた。

本当に思ったままに生きているか?
その心はちゃんと行動になっているのか?

そうやって問いかけてくるような気がした。
絵には、思いがけない力がある。
それは「対話の力」とでも言うべきかな。

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コメント

そんな素敵な場所で私たちのことを思い出してくれてありがとう

あのやわらかでうっとりするような色彩とトーンは
私もとても好きな色味であります
 会社帰りとか、外から帰ってきたときって
ああいうブルーややわらかいグリーンのトーンは癒しになるね

うんうん、作品の中の心がいつの間にか自分のこころとすり替わって
ってすごくわかる感覚だわ。そんな風に感じてもらえたらきっと
アーティスト冥利につきるよね。

 ところで、心と行動が伴うことが叶わなくて隙間産業みたいな感じで
葛藤を作品にする場合はどう解釈したらよい?

投稿: にょろこ | 2008/07/08 18:41

東山作品は癒しの先に厳しさが感じられるので、
とくに好きです。

厳しさのないものには気をつけるべきなんです。
いつか本物も一緒に見に行きましょうね。

ああいう作品づくりができれば、
人の気持ちを大きな流れにぶちこむことができて、
すごいんだろうなと思います。
静かにその野望だけは捨てないでいたいですね。
お互いに、そうしましょうね、にょろこさんも。

ところで、心と行動が伴うことが叶わないことは、
しょっちゅうですよね。
でも、自分が心だと思っていることは心じゃなくて、
行動のほうに心があることも多々あります。

葛藤は葛藤として見つめるのが面白いです。
こんがらがっているヘッドフォンのコードは、
なかなかほどけなくていつも困ります。
「時間がかかる」ということでしょうか。
むしろ「時間をかける」と思うと良い、
かもしれません。

答えになってませんね(笑)

投稿: ユメギワ | 2008/07/09 23:45

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