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2008/09/07

恋のうた

タクシーを止める右腕まぼろしは逆光をするものなんだろう

うちにきてすぐ靴下を脱ぐ人の靴下を洗うその人のこと

「手」と「腕」の議論がありましたが、
今度は「腕」を描いてみました。
これは間違いなく「腕」の魅力です。

いま、恋愛の短歌が詠みたくてたまらないです。
理由はぜんぜんわからないけれど。

誰がなんと言おうととにかく彼のことが好き、
というような連作をつくりたいです。
理由はぜんぜんわからないけれど。

理由はあとで考えてみます。

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コメント

昨日夫と2番目の
うちにきてすぐ靴下を脱ぐ人の靴下を洗うその人のこと

の解釈を話していましたがぜんぜんわかりません(;;)
その人のこと、とその前はどうつながるのか
おしえてください ユメギワ先生。

投稿: 愛人Nyo | 2008/09/08 18:30

そんないわくつきの名前をつけたって、
にょろこさんのくせにー!

二つ目の短歌は、
うちにきてすぐ靴下を脱ぐ人の背後には、
その脱がれた靴下を洗う人がいるよなぁ、
という歌なんですけど、意味不明ですか?

淡々と、無印良品のような感じで、
事実をあらわそうとしたんですけどね。
あらら、失敗かあ。
慣れないことをするからっ!

投稿: ユメギワ | 2008/09/09 01:33

う~ん、解らなかったです・・
まだよく解らないです??

投稿: 変人Ka | 2008/09/09 22:23

むむ、今度は誰だ!!

作者が解説というのもあれですが、
この短歌は力不足のため伝わらなかったので、
いっそのこと、解説しちゃいます。

うちにきた人というのは、
自分じゃないパートナーがすでにいる方で、
靴下とかYシャツとかは、ぜーんぶ、
そのパートナーの女性が洗うのです。
靴下を脱いでリラックスしても、
帰りにしっかりはいていくのです。
で、奥さんが彼の靴下を洗う。
普段はあまり考えないようにしているけど、
奥さんのことを靴下の中に見た、
という、つまり、まあ、不倫のうたでした!!
わかりづらくてすいません。遠回りしました。
感情をぜんぜん出していない短歌なので、
わたしにしては珍しく、
伝わらなかった理由のひとつでもあるかな。

それはまあいいとして、
そういうとき、どうなんでしょう。
靴下を見てもなんとも思わないんでしょうかね。

投稿: ユメギワ | 2008/09/10 01:24

すいません 師匠 たびたびいいですか。
解釈を書いてくださってるので、もうぶっちゃけた質問を。。
解説をよんでもなおのことわかりません
そのこと、と前の句のつながりを教えてください。
プラス、“そのこと“は奥さんのこと?_?

投稿: 弟子その1 ny | 2008/09/11 18:10

うちにきてすぐ靴下を脱ぐ人の洗濯係は私じゃないし

どうでしょう?師匠!
姐弟子さん、”そのこと”ではなく、”その人のこと”だから、やっぱり奥さんですよね。

そもそも靴下をすぐに脱ぐくらいだと、歯ブラシやひげそりや、予備の下着くらいおいていてもおかしくない程の関係だと推察出来ますので、靴下よりもっと他の物に目がいきそうなところを、師匠は靴下にいったという部分で、目の付け所がかなりユニークなんだという結論に達した次第であります。

投稿: 弟子その2 | 2008/09/11 23:22

●その1のお方へ
うーん、解釈以上のことはないのですが!
まず「その人のこと」は奥さんのことです。

(わたしの)うちにきて、
(リラックスして)すぐ靴下を脱ぐ人
(それはわたしの大好きな人)の
(靴下を見てふと思い出したけれど)
靴下を洗うその人(というのはつまり奥さんなんだよなあ)
(つい奥さん)のこと(を思い出しちゃったなあ)

省略されていることを書いてみました。
これはでも、ひとつの解釈であってすべてじゃないです。
そもそも短歌には正解がないものなのに、
正解みたいなことを詠み手自身で言ってしまって、
それこそが不正解です。反面教師ということで。

前の句とのつながりって、
「タクシー」の句とのつながりでしょうか?
それは、あるといえばあるし、ないといえばないです。
そこも正解は求められなくてよいと考えますよ。

●その2の方へ
うちにきてすぐ靴下を脱ぐ人の洗濯係は私じゃないし

これはわかりやすいですね。

ただ今回の場合はもっと淡々と事実を見ている様子を
感情を敢えて出さないで書こうと思ったんです。
感情が動いていない様子を、
感情を書かないことで書けたらなあと。
それがまあ、わかりにくかったんだと思います。
つまり「失敗作だった」ということだけが、
教訓として残ったということです!!
人生は学びの連続でーす。

あと、歯ブラシやひげそりや予備の下着だけは
彼女のものかもしれないけれど、
靴下は彼女のものではないので、
やっぱりそれは寂しいことだと思います。
そういうところに目がいってしまいます。

追伸-「師匠」という言葉は、
立川談志みたいな人だけにふさわしいです!

投稿: ユメギワ | 2008/09/12 00:19

靴下の歌、わかりにくいよ!

>うちにきてすぐ靴下を脱ぐ人の洗濯係は私でない人

とか

>誰かさんが洗った靴下履いてきてすぐに脱いではまた履いて帰る

ぐらいにしないと不倫の歌はわかりにくいです。
私が愛人を演じすぎたように、過剰じゃないと伝わらないと思う。

私が「おおっ…」と思う不倫のうたはこれ。

妻という安易ねたまし春の日のたとえば墓参に連れ添うことの (俵万智)

「妻という安易」ですよっ!ここまで残酷で非情じゃないと、不倫という複雑な関係性を31文字に落とし込むのは無理じゃないかと。

あと告知でーす。
約一年の沈黙を経て、「牡丹と薔薇」第五号は秋風と共にお届けすることをお知らせいたします……
鋭意製作中!

投稿: ayako | 2008/09/20 05:15

強いていうなら「ねたまし」いのは「妻」ではなくて「安易」だというところにより、怖さを感じる。
「妻」が「安易」という感覚に、不倫の怖さを感じます。
そして、そこがこの歌をぐっとよくしていますよ。

投稿: ayako | 2008/09/20 11:04

妻が「安易」だなんて思うの、ちょーやだ。
歌の怖さとしては、ちょーすごいけれども。
私自身がこういう風に歌うのはいやですね。
だってそんな不倫を美しいとは思わないもの!
それって、なんか、演歌みたいじゃない?
もっと普通の女の人が淡々と日常にしている、
激情のない不倫が書きたいと思ったけど、
そもそも不倫の歌はなんど試みても空振り。
それはきっと「実感」がないんだろうな。
不倫というのは、激情する演歌なんだろう。
自分はやはり「妻」派なのかもね。
そしてayako氏が愛人、わたしが妻を演じた
短歌の連作「鏡の花」を読み返して納得!
またああいうのやってみたい気がする、
・・・怖いけど。

投稿: ユメギワ | 2008/09/20 16:46

>激情のない不倫

そんなの存在しないって!
感情のない恋みたいなもんだよ?

私は「人のものだと思うといっぺんに欲しくなくなる」タイプなので不倫できないと思う。実は。
誰かの元に帰さなきゃいけない男なんて、辛くて全然好きになれない。

あなたは「妻」なのではなく、「安心」「安定」とかを恋愛で欲しがる方なんじゃないかと思います。
でも、安定した「不倫」なんて岡本かの子とかそういうことになっちゃうし。
短歌の話じゃないね!ごめん!!
でも、日常で出来ない恋愛を疑似体験したいから、短歌を詠むよ、私は。

投稿: ayako | 2008/09/20 21:30

いや、激情のない不倫はあると思う!
それは感情のない恋愛とは違うはず。
でも、生で見たわけでもないし、
生で聞いたわけでもないから、
あくまでもイマジネーションの世界です。
だから短歌で詠む価値はあると思った。

恋愛を疑似体験したいから、か!
それって、すごいなぁ。言い切るね。
わたしはまだ演出家にはなりきれない。
想像力をつめの先まで使わないとダメだ。

投稿: ユメギワ | 2008/09/24 01:02

話を蒸し返し、さらに内輪話になって恐縮なのだが、ググった人(そしてminさんが紹介してくれた短歌の「君」の「君」ですが)とのころには、感情の過敏さが全部短歌に響いてて、今も過剰な感情が短歌の元になっているのはかわらないんだけど、ホント赤い水銀が、ホント些細な出来事で上昇して、自分の短歌史と謂うものがあれば、そのころがひとつのピークだったんじゃないかと思う。
思い返しても怖いぐらい美しくて、今とは全く違う31文字。例えるなら、他人の幸福のように、遠く不可侵な輝きがあると思う。

今は…今は些細な出来事が滓のように心の奥底に沈殿していて、その泥の中から稀に蓮の花が咲く。或いは、わざと怪我して、其の怪我を人に見せびらかしている感じ…。鋭すぎた感受性を生きるために敢えて鈍らせて、それで其のまま鈍っちゃって、でも、もう一度研ぎ澄ますのは怖いしシンドイし…

でもさ、いくしかないじゃん!

とまとめてみた。
愛を込めて、盟友へ。

投稿: ayako | 2008/11/19 21:46

ずっと携帯でブログチェックしていたから、
あなたのこの記事へのコメント気付かなかった。
遅れての登場。

あなたの大学一年生のときの作品は、
爽快感があって、カルピスソーダのようでしたね。
それが、いまや日本酒のような短歌をお詠みになる。
ひとって変わるんだなって思う。

でも、ピークというのは何回もくる。
いまはいまの輝きを放つことができます。
いまはいまの感受性があります。
鈍っただなんてぜったいありえない。

ただ、いま、仕事などをしながら詠むことにおいて、
責任ある時間の使い方などを果たしていく中で、
感受性というのは逆に大切な部分が残っていく、
その大切な部分こそが面白いのではないか、
とも思います。

あと、自分が体験している恋愛だけが、
自分の短歌を光らせるなんてこともないはず。
私たちには過去と、未来(想像)があるため。
けして、経験だけに甘えない。

まあ、とにかく詠んで、読ませていこう。

投稿: ユメギワ | 2008/11/26 00:42

>感受性というのは逆に大切な部分が残っていく

ありがたい言葉です。
なんか今日、仕事で磨耗して、「こんなとこで感性が過敏になってちゃしょうがないよ!」って自己嫌悪&葛藤&苛立ちMAXだったので。

ひりつく感性のまま、生きていこうと思うし、詠んでいこうと思う。

投稿: ayako | 2008/11/26 21:55

仕事で感じることは、
自分から求めて感じることのできないことなので、
それはそれでいい学びがあります。
どうせなら、その学びを短歌にも活かしたい。

だけど、ほんと、磨耗はするよね。
ただし、けして、負けないようにしよう。
約束だ!ゆびきりげんまんだ!

投稿: ユメギワ | 2008/11/26 23:52

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