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2012/08/31

時は教育

何もかも勝手に育ったりはしない気持ちや水や夜があるから


いまになって、
「わたしは教員になりたい!」
って思うようになりました。

というのも、バイトなどで、
小学生たちに触れる機会をいただくことが増え、
わたしは彼ら、彼女らの言動に感動させられっぱなしで、
この感動を毎日味わえたら嬉しいし、
その心の変動を間近で見ていきたい、
ひとりでも多くの子どもたちを応援できたら、
それはとんでもなくやりがいがあるな、
と思うようになったから。

だけど、教員免許を持っていないし、
いまの仕事も結構好きで辞められないので、
(そして、生活費を稼がねばならない!)
この夢は小学校教諭とはちがう形をとらなくてはいけないだろう、
と最近は考え中です。

だけど学生時代は
先生との素敵な思い出がぜんぜんなくて、
先生って職業になんの憧れもなかった。
むしろ嫌だったし。

だけど、だけども、
人はけして勝手に変わったりはしないから、
あらゆるきっかけがあったのだよ。
それを喜びたい。

出会いとか、場合によっては別れ、
促しや、場合によっては放任という選択のもとで、
何かは育つんだよね。

その点において、
育たないというのも育つの一種なんだ、
と思う。

ひとは変わり続けるので、
最近ではあんなに苦手だった早起きが
当たり前にできるようになったから、
わたしの家事嫌いもそのうちなんとかなるだろう。
(と思いたい)

どういう風に時間を過ごすのか。
そこにわたしたちの教育がある、と思う。

誰かがわたしに水を与えたり、
ひとりの夜の思索が、
わたしの教育だったりしたわけだ。

時間を手にして、
自分で自分を教育していきたいものよ。

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