2012/08/31

時は教育

何もかも勝手に育ったりはしない気持ちや水や夜があるから


いまになって、
「わたしは教員になりたい!」
って思うようになりました。

というのも、バイトなどで、
小学生たちに触れる機会をいただくことが増え、
わたしは彼ら、彼女らの言動に感動させられっぱなしで、
この感動を毎日味わえたら嬉しいし、
その心の変動を間近で見ていきたい、
ひとりでも多くの子どもたちを応援できたら、
それはとんでもなくやりがいがあるな、
と思うようになったから。

だけど、教員免許を持っていないし、
いまの仕事も結構好きで辞められないので、
(そして、生活費を稼がねばならない!)
この夢は小学校教諭とはちがう形をとらなくてはいけないだろう、
と最近は考え中です。

だけど学生時代は
先生との素敵な思い出がぜんぜんなくて、
先生って職業になんの憧れもなかった。
むしろ嫌だったし。

だけど、だけども、
人はけして勝手に変わったりはしないから、
あらゆるきっかけがあったのだよ。
それを喜びたい。

出会いとか、場合によっては別れ、
促しや、場合によっては放任という選択のもとで、
何かは育つんだよね。

その点において、
育たないというのも育つの一種なんだ、
と思う。

ひとは変わり続けるので、
最近ではあんなに苦手だった早起きが
当たり前にできるようになったから、
わたしの家事嫌いもそのうちなんとかなるだろう。
(と思いたい)

どういう風に時間を過ごすのか。
そこにわたしたちの教育がある、と思う。

誰かがわたしに水を与えたり、
ひとりの夜の思索が、
わたしの教育だったりしたわけだ。

時間を手にして、
自分で自分を教育していきたいものよ。

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2012/07/25

哀しみクッション


針の音だけを頼りに何時かを当てる瞬間ひとりだったよ


先日一人暮らしをしてはじめて、
粗大ゴミを出すことにしました。

ウェブで予約をして、ある日の朝8時までにシールを貼って
外においておきます。

うちの地域の場合はゴミ捨て場ではなくて、
だいたい自宅の前とかに置くんですね。

その日わたしはクッションにシールを貼って、
そのクッションとの永久の別れをしました。

・・・と思ったら、夕刻になってうちの近くに住む祖母から
「ゴミがまだ置いたままだよ」という電話がきました。
なにかの手違いで、持って行ってもらえなかったようです。

そんな日にかぎって会社の飲み会があって、
もともと帰宅は終電近くになる予定でした。
それまで、置いたままにせざるをえません。
ちょっとサイズが大きめなので、祖母にも頼めない。

しかも、最悪なことに雨がしとしとと降ってきました。
予報にない雨でした。

そのクッションは屋根のない場所においてあり、
降りしきる雨にさらされているのは間違いありません。

ほろ酔いで職場の人とさようならをしたあと、
最寄駅に到着したとき、
わたしの憂鬱さは高まりを迎えました。

うちに帰ると、うちのマンションの前にありました。
そのクッションを見たときの、あの気持ちをなんと
表現したらいいんでしょう。

朝のまんま、そのままでクッションが置かれていました。
雨にぬれて、湿り気を存分に帯びて、暗い夜道の脇に、
ありました。

それを見たら、なんか、もうすごく哀しくなってしまって、
その気持ちをうんとこしょと持ち上げて、
クッションを持ち上げて、うちのベランダに避難させました。

その、クッションの湿り気といったら・・・

誰にも抱き締められることなく、
本来あるべき場所にもなくて、
誰のものだかもよくわかんなくなっていて、
しかも、不本意に濡れている。

こんな悲惨なことってないな、と思いました。
さびしさや哀しみって、これだなと悟ったんです。

わたしの心にもこういうクッションあるな、と。

それに、こういうクッションのような目に、
他人を遭わせてきたと思いました。ごめん。

冒頭の短歌は、そう思った晩に詠んだ短歌です。

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2009/04/02

言葉を待つ

水道の蛇口をひねって水が出るようにはうまくいかない言葉

一言がカイロみたいに温かく 冷たい手先を安心させてく


たった一言でもいいから、
その人を笑顔にする言葉が知りたい。
その言葉を絶妙のタイミングで言いたい。
そして、あの笑顔を見たい。
たったそれだけのことが、いまの願いだ。

でも、その言葉は、ネット検索しても見つらない。
なんという単語を並べて検索ボタンを押したらいいのか、
まったく検討もつかない。
そんな容易に分かるものじゃない。

占いに頼っても、友達に聞いても、本を読んでも、
どこにも正解はないみたいだ。
いろいろ、試みたけれど、分からなかった。

答えは、その人にしかわからないというよりも、
もしかしたら、その人自身にもわからないのかも。

感動というのは、思いもかけないところにあるから。

だけど、その言葉はなんなのか、
わたしはずっとずっと探している。
どうしても、その人の笑顔が見たいし、
わたしもその人と一緒に感動したいんだ。

ただ、だけど、その言葉が分かっても、
わたしじゃない人が言った方がいい場合もある。
わたしじゃない方がその人を笑顔にさせることは、
ほんとうによくあることだって、わかってる。
そんな可能性におびえたりもする。

でも、願うのだけは自由でしょう。
だから、その言葉と、その笑顔と心とを、
気長に待つつもりなのです。

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2009/02/08

人生はアート

もてあます心を風に込めてみてあなたの髪をなびかせてゆく


ダンスの学校にいっているお友達が、
学校の文化祭に招待してくれた。

その学校は、ダンスだけでなく、
映画、漫画、音楽、デザイン、アニメなど、
いろいろな芸術の系列の専門学校を
たくさん持っているので、
合同で文化祭をやるとすごい。

あるステージでお笑いライブ、
あるステージで弾き語りライブ、
その裏では車のボディのデザイン展示、
その奥ではトリマーを目指す子が動物をあやし、
その斜め前では4コマ漫画の展示があり、
もっと奥には学生が制作したCMの映像が流れ、
その隣にダイエット食品のパッケージデザイン案があり、
とにかく見ごたえがあった。

その中で、フラワーアレンジメントコースの
生徒さんによる、体験コーナーがあり、
はじめてやってみた。

お花は無料で使いたい放題で、
指定の花瓶に好きなようにやっていいという。
しかも、その花は持って帰っていいという。
そんなチャンスは二度とない。

で、やってみたら超たのしい!!
こんなかんじ!

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コンセプトは「わたしとおばあちゃん」にした。
ピンクがおばあで、赤がわたし。
(・・・心はそうなの!)

学生さんが「センスがいいですね」と褒めてくれた。
その学生さんの笑顔がよかったので、
嬉しさが倍増。いいよね、笑顔は。

この日は、いろいろな表現を見ることができて、
自分も、もうひとふんばりしようと思った。

それは短歌をつくるとか、
バンドを頑張るとかだけじゃなくて、
人生を表現する、ということに対して。

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2009/01/29

じっと

「辛い」とか言ったら誤解されるから言葉を選んで「笑っちゃうよね?」

何回も書いてはまるめ 君宛ての便箋ついになくなりました

寂しさを比喩を含まず伝えてもいい間柄ではなかったね


最近はじっとしている。
じっとしているのが苦手なので、
これは「じっとしている刑」だ、
と思ってじっとしている。
あ、別に病気したとかじゃなくて、
気持ちの問題なんですけどね。

嬉しいなって思いながら、
じっとしていられたらいいのに、
どうやっても嬉しくない。
じっとしているってことをずっと感じているから、
誰かに伝えようとするんだけど、
ただじっとしているというだけのことで、
波乱もないわけだから、
どう話しても自分も他人も楽しくないだろう、
ということで、じっとしている。

でも、誰かの動きを感じたいと思っていたら、
海外を1ヶ月ぐらい旅している友人から、
きらめいたメールが届いた。
そのメールは、じっとしているわたしに、
海を越えて届いてきたというわけです。
こういうメールこそが、わたしだって、したい。
だけども、じっとしているのだもの、
何かを越えて届けたりはしないだろう。

もう、じっとしたくない。じっとなんて。
でも、じっとしていられる自分、
というのも見つけておいてもいい気がする。
これが唯一の「じっと」に対するポジティビティだ。
なんかちょっとうしろめたい感じのポジティブだけど、
ないよりはましだよね、なんて思って、
あいかわらずじっとしている。

いったい君は、いつまで、
じっとしているつもりなんだろうね?

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2009/01/10

歌はじめ

自分との距離をはかってたくさんの生命たちと別れを告げよ

みなさま、新年あけましておめでとうございます。
お元気でいらっしゃいましたでしょうか?
本年も仲良くしてくださいね。

さて、これは今年はじめてつくった短歌です。

新年早々、「別れよ告げよ」ってね!!
もはや自分で突っ込んでしまいたくなる。

でも、これが、
心の底にある今年への想いなのかな
・・・ってつくったあとに感じました。

別れを告げよといっても、
お友達や家族とか知り合いの人たちを、
自分から遠ざけたいのではなくて、
むしろ近づけたい、もっと仲良くなりたい、
もっと知り合いたいと思っています。

でも、その中に確たる自分がないとやだ。
相手に流されないで、
相手となじみあって、
なんなら、相手を跳ね返したい。
ここでいう「相手」ってのは人だけじゃなくて、
自然とか社会とか、大いなるものに対しても。

しかし、不景気のあおりを受けて、
すっかり動じているわけで・・・。

その現状にすぐ萎えてしまう弱い自分を、
うんとこしょと持ち上げるためにも、
自分の中でえらそうにしている、
自分の弱い生命たちとも別れを告げたい。

ま、そういう年頭の祈りを込めた短歌でした。

あと、ナイツとサンドウィッチマンを生で見たい。
ダイエットもしたいし、お料理もさすがにやりはじめないと。
・・・それが今年の目標です。

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2008/12/07

落ち葉の言葉

玄関にもみじが散って去ってった思い出さえも手をふっている

まわったり蛇行をしたり何一つまっすぐ落ちたりしないよ落ち葉

並木道すべての人がヒロインと知っているかな落ち葉を浴びて

髪の毛にからまっていた小さい葉とってあげたよ これで最後ね

奪われたものをなかったことにせず箒の音に耳をすませる

君だって紅葉してゆき落ちてゆく その葉をひとつもらって帰る

Otiba_4


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投稿短歌もひきつづき、待っています。

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2008/09/07

恋のうた

タクシーを止める右腕まぼろしは逆光をするものなんだろう

うちにきてすぐ靴下を脱ぐ人の靴下を洗うその人のこと

「手」と「腕」の議論がありましたが、
今度は「腕」を描いてみました。
これは間違いなく「腕」の魅力です。

いま、恋愛の短歌が詠みたくてたまらないです。
理由はぜんぜんわからないけれど。

誰がなんと言おうととにかく彼のことが好き、
というような連作をつくりたいです。
理由はぜんぜんわからないけれど。

理由はあとで考えてみます。

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2008/08/31

新宿の空

新宿の空の隙間に届くよう 響け 宝くじ売り場の風鈴


転職をして、いまは新宿に毎日通っている。

それまで新宿は苦手な街だったのだけれど、
毎日通うようになったらいいところが見えるようになった。

サザンテラスから眺める空とか、すごいきれい。
歩いている人の表情もよく見ると、豊か。

宝くじ売り場に風鈴があるのはほんとうです。
毎日その前を通りすぎて、
「あ、今日もあるある」と確かめています。
新宿の夏が終わる瞬間を確かめているのです。

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2008/03/14

結婚適齢期

正しさが息づいている背中とかひざの裏とか短い髪とか


ついにきた!

なにが?

縁談が!

ひいいぃ!

うちのおばあちゃんのお友達の八百屋さんが
「下宿人の子でいい子がいるけどどう?」と。
「バイクが大好きで、アウトドア好きのいい子だよ」と。

幸いなことにおばあちゃん自身が乗り気でなく、
うやむやにしてもらえそう。

だけど、私もそんなお年頃なんだなあ!!
今、結婚適齢期っていつなんだろ。

もし、その方が、
「読書が好きで、研究所で働いていて、
 休みの日は落語を見に行くのが好きないい子だよ」
だったら、気持ちが揺れたであろう。

常に思っていたい。
「私の人生は私にとってなんと正しい!」って。

たぶん、ここに載せた短歌のような瞬間のことを、
結婚適齢期っていうのだと思っています。

皆さんはどんなときが結婚適齢期だと思いますか?
もうすでに結婚されている方については、
どんなときに結婚適齢期(結婚しようと思ったとき)
を感じましたか?

教えてください。
(別に短歌にしなくていいですから!)

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