2009/07/04

島田雅彦「徒然王子」を詠む

靴底が擦りきれてなおふくらはぎ剥き出しでゆく森の細道

島田雅彦「徒然王子第一部」読了。

「カオスの娘」の流れが色濃い。
「カオスの娘」では、
現代日本にシャーマンがいたらどうなる?
ということを描いたエンタテインメント小説だったが、
今回は皇太子様を彷彿させる王子が、
シャーマンの手を借りて国を変えようとしたらどうなる?
という展開。
やばさがますます発展した、
エンタテインメント小説だった。

わたしは「カオスの娘」に感銘を受けたために、
「カイロの娘」という短歌連作をつくってしまったぐらい、
大好きだったけど、
今回もまた書きたくなった。

自分が大切に思っていること、
世界が大切にしたらいいと思うことが、
圧倒的なフィクションの力で、
とてもストレートに書かれている。

最近よく思うのは、
フィクションの物語から、
ノンフィクションの心をまなびたい、
という点だ。
それが文学の使命だろう。
これについてはまた今度。

話は戻って、この作品の、
義父の性的暴力から逃げてきた家出少女、
挫折からドラッグにそまったエリート少年、
セックス依存症の母娘とか、
偏見から実子を奪われた若い母親など、
被害者を徹底的に見つめる視点には、
拍手を送りたい。
文章で抱きしめてあげているみたいだ。

いくらフィクションとはいえ、
こういう人たちは確実にいる。
つい最近もこれに近い話を友人から聞いたばかり。

だけど、その人たちは、
とてもつつましく生きている。
それに比べて、傲慢な人の多いことよ!
わたしもだ!やだ!

この作品には、
自分の前世を探すために、
深い山道を越えてゆくシーンがある。
その描写は身体で感じられそうなほどに、
鮮明に伝わってくるきつさがあった。

「走れメロス」のメロスみたいに、
ドロドロとした自分の汚い心を感じながら、
傷まみれになるのを覚悟で、
果敢な姿勢で歩いていかなくては、
自分の大切な部分なんかは、
見つかりっこないんだよ!!

そういうことをふくらはぎにこめて、
詠んだ短歌でした。

OLだってね、ふくらはぎ剥き出しで、
頑張ってるんです!

あなたのふくらはぎは?

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2008/02/19

島田雅彦「佳人の奇遇」に出くわして

悪夢だと思っていたが快楽の渦だと見ればそうでもないな


島田雅彦さんの『佳人の奇遇』を読んだ。
装丁が目立っていたので手に取った。
読み終わってから、よくできた装丁だなぁと分かった。
物語と文体にぴったりだもの。

コンサートホールで行われるオペラ「ドン・ジョヴァンニ」を中心軸に、
さまざまな人生模様が描かれてひとつのフィナーレを迎える小説だ。

あがり症のオペラ歌手と元キャバ嬢のマネージャー。
浮気性のマエストロと過去の女性たち。
もてない大学教授と彼にひとめぼれした普通のOL。
明日から浮浪者になると決意した無一文の元サラリーマンと、
偶然再会した株で大儲けしているエリートサラリーマン、
その二人を占う、人気占い師の旧友。
息子の嫁に恋をしてしまった老人とその息子の嫁張本人。
他にも色々なエピソードを持った人物が出てくる。

娯楽小説の様相を呈していて、映画化にもしやすそう。
三谷幸喜監督『THE有頂天ホテル』のように、
コミカルに演出したら面白そうだなぁ。
私は島田雅彦さんの貴族のような文章がつくりだす、
派手且つ品のある世界観が大好きなので、
興奮しながら読んでいった。
だけど、やっぱり終わりは「え?」って感じで、
夢オチかってぐらい陳腐に終わる。
以前『カオスの娘』の記事でもそう書いたのだけど、
終わりに近づくほどライトになって、
余韻に浸ることを許してもらえない。

散々ロマンチックにさせておいてさぁ!!
もてあそばれた女の子みたいな心境だ。
島田雅彦さんこそ、
まるで「ドン・ジョヴァンニ」みたい。

※ドン・ジョヴァンニとは(wikipediaより)
「女たらしの貴族。従者のレポレッロの記録によると
 彼はスペインで、すでに1003人の女性と関係をもったという」

冒頭の短歌は、
「オペラにありそうなセリフじゃない??」
などと思って楽しんでつくりました。

気持ちがいいことばっかり求めると怖い目に遭う。
身もだえするような後悔をする羽目になる。
だけど、たまについ悪夢が見たくなったりする。
おぼれたくなる。その先が真っ暗だと分かるけれど、
敢えて忘れてみたくなる。敢えてやる、自暴自棄。
それが命とりになることがあるけど、
そうしないことが今の自分の命に反するってこともある。

表現が抽象的だけど、そういうことってありますね。
怖いなぁ、怖いぜ。

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2007/09/26

島田雅彦「カオスの娘」を抱きながら

僕が言いたいことはすでにもう君には伝え終えている、さあ

悪魔が住むと呼ばれる城は坂の上 僕らは坂のどこにいますか

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島田雅彦の「カオスの娘」を読み終えた。
(タイトルをクリックすると冒頭部分が読めます)

主人公は現代のシャーマン。人の生死を扱うお仕事。
なので、田口ランディの小説のノリでどっぷり読んだ。
だけど、読めば読むほど深みにはまらない。
「そうさせてくれないんだ、ちぇっ」というのが正直な感想。
ポップさが際立ってきて、終わりにいけばいくほど、
軽く読めてしまった。怖いし、悲しいのだけど。
あれあれ、なにこれ、漫画みたいじゃんか・・・と終わる。
なんとも、不思議だった。

シャーマンのお話だから、霊能力が随所に出てくる。
主人公はまだ10代の少年なんだけど、
シャーマンとして人を救おうと使命感に燃えて、
普通の人間からシャーマンになるための修行に出かける。
その修行中の描写は圧巻だった。
こちらにもありありと見えてくるのは、
イマジネーションの世界なんだけど、
軽いデジャヴ感覚があった。

彼が救おうとするのは、誰もが振り返るほどキレイな少女。
目も耳も鼻さえも覆いたくなるような運命を背負っている。
殺人とか監禁とか夜の世界とか裏切りとかテロとか、
社会のあらゆる悪にあっという間に巻き込まれていく。
その悲惨さは淡々と表現されていて、
スピード感はないのにあっけなく過ぎていった。

ただ、悲惨は悲惨なんだけど、暗い気持ちに終始せず、
むしろ軽いタッチの文章で描かれている。それが逆に怖い。
これが噂の「ライトノベル」?
文体と内容のギャップが、
鉛のスプーンを嘗めているみたいな気持ち悪さとして残った。
いやーな感じだ。
感傷を許さないのかも、と漠然と思った。

その「感傷を許さない」というのは、
現代の霊能力への感傷的な態度に対する批判に繋がる気がした。
美輪さんや江原さんとか、そういう「見えている」人たちに対する、
強すぎる羨望(強すぎる不信感も含めて)への皮肉というか。

シャーマンとか夢のお告げって、もっと身近にあって良いのでは?
別に「見えている」人たちだけの特権ではなくて、
昔は自然の中にあって、誰でもそれが理解できたんだってよ。

作者は、今の「オーラ」ブームに乗っかって、かいくぐって、
本当のメッセージを述べようとしている??
その方法を、美輪さんもやっている気がする。
そのメッセージって実はたいしたことのないことなんじゃないか。

・・・散々熱く語っておいたけど、全部わたしの妄想です。
ちょっと、いきすぎた感じがあるなぁ。
でも、そうさせるパワーのある小説です。
なんだかんだ言って、作者の本当の意図は分からないしね。
単純に、映画化やドラマ化(テレビ朝日の夜中あたり)を目的にもしてそう。
主人公は神木君なんていいなぁ。
チープに仕上げてほしい。2時間ドラマみたいに。

たとえば、こんな感じでしょうか?
意味がわかんない。

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2006/12/08

よしもとばななさん「王国」を読んで

何回もゆびきりをして七色の宇宙と両想いでいられてる

Photo_8

一度読んだことのある、よしもとばななさんの小説「王国」の
シリーズ三部作を読み返した。

結末を知りながら読むといろいろなことが分かる。

主人公の女の子・雫石の周りには、大切な人、大切な植物がある。
自分もそのものたちを愛して、大切にしている。
だから、ここぞ!というときに助けてもらえる。

そんな構図を感じつつ、思った。

「宇宙と両想いになるって、なんて素敵なことだろう!」って。

相手の立場をおかさず、強引に変えようとせず、
適度な愛情を持って接する。
人や植物、生き物だけじゃなく物にも丁寧に接する。

これまでは、片想い。よくあること。

そうしてると、全てが自分のいいように動いてゆく。

電車を降りた頃には雨が止んでいるとか、
欲しいコンサートチケットが運良く手に入るとか、
心細いときに好きな人から電話がかかってくるとか、
帰ってきてすぐにつけたテレビで探していた情報を得られるとか。

願い(祈っていないことも含めて)がまわりまわって叶ってくる。
しかも、最短距離で叶うようになる。
(もちろん距離の比較はできないんですけどね、たぶんそうです)

それが、宇宙と両想いになるということだ。
人はそれを「なんだか、最近ついているなぁ」とか言うけども。

扉を乱暴に開けると壊れやすくなる。
それは、扉だけに限ったことじゃない。

行為は必ずかえってくる。

すべての行為は約束だ。
約束をする時点では、約束の内容は分かっていないけれど、
必ずなにかの形で果たされる。
自分の想像を絶する形で果たされる。

今の自分がどうしようもないのは、
過去にろくでもない約束をしたからだ。
これからの自分は、今日の約束がつくっていく。
壁にも障子以外にも、目や耳はある。

どうせ生きるなら、両想いの方がいいでしょう?
だったら、いい約束をした方がいい。

さて、写真のことに触れていませんでしたが、
撮影されたのは、お馴染みのにょろこさんです。

今回はにょろこさんとの新しいコラボ企画。

 お互いが感銘を受けた、よしもとばななさんの「王国」を読んで、
 それぞれ写真と短歌を生み出してみたらどうなるだろう??

そんな好奇心からこの企画の提案をしました。
そして、にょろこさんの賛同をいただき、実現しました!

どんな写真が出てくるか知らなかったし、
どんな短歌を詠んだかは伝えずにいて、
お互いに作品があがったときに見せ合ったのですが、
いいコラボになっているんじゃないかと思います。

まるで約束したみたい、と思ったのはわたしだけかなぁ。

同時に、にょろこさんのサイトでも、
「王国」の記事がアップされています。
そちらもご覧下さい。

これぞトラックバックの醍醐味ですよ!

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2006/01/07

哀しい悪寒

予感とはあなたの後ろにいる人が耳打ちしている悪寒なのです

後ろから囁く声は脅しではなくてあなたを導く光


昨年のラストに読んだ本は、よしもとばななさんの「王国 その3 ひみつの花園」でした。

「王国シリーズ」はこれにて終結。
その3は悲しい結末とも読める、現実的に誠実に生きた人の結論が出ていた。

うんうんうなづきながら読んだにせよ、すごーくイライラもした。
主人公の短所が目に付いてしょうがなかったから。

独善的で頑固で、人や未来を見抜いてしまうところ。
自分だけが正しいと信じきっていて、そうあることを認める周囲がいるところ。

そんなのずるいじゃないかー!!(特に後者)

それでも、この小説は「予感」の重大な使命について書いているところが良かった。
傷つく結末を呼ぶ「予感」にも目を背けてはいけない、って思った。

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